46歳の独女が、迷走の日々を綴っています。

アラフィフおばさんが考えた~「断捨離・心がときめかない片付けの心得」

ライフハック・グッズ

どうもハイ子です。

現在「無職」で時間を持て余しています。

しかし、前職でも、割と時間を持て余していました。

なぜなら、コロナの打撃を「顔面ノーガード」で受けていた業界に身をおいていたもので、お仕事が全くなくなってしまったからです。

そんなわけで「就業調整」という名の、「週4休業」になった際、ここぞとばかりに我が家の「断捨離」を敢行しました。

実家暮らしのハイ子。

断捨離の範囲は、自分の部屋だけ…なんて、生易しいものではありません。

家じゅうまるごとの断捨離です。

大家族だったこともあり、間取りが5LDKと、無駄に広い我が家。

全ての部屋にある「押し入れ」「たんす」「引き出し」「戸棚」の中身を、白日の元に晒し、要不要に分け、不用品はメルカリで売ったり廃棄したり、要るものは然るべきところにしまい直しました。

そこで、ハイ子なりに意識したことがあります。

テクニック的なことではなく、心得です。

名付けて「心がときめかない、片づけの心得3カ条」です。

断捨離で心が折れそうになったら、思い出して、さらに追い打ちをかけてください。

「心がときめかない、片づけの心得3カ条」

其の1:今日よりも老いた自分に、しわ寄せがいく

其の2:名残惜しく捨てられるのも、今のうち

其の3:一番大事(けど、使わない)なものから捨ててしまおう

では、順を追って説明します。

其の1:今日よりも老いた自分に、しわ寄せがいく

これは「今日という日が人生で一番若い」と同じことを言っています。(パクリ?)

断捨離をしてみて、つくづく思ったのが「疲労が長引く」ということです。

昔だったら、なんてことはない作業も、フィジカルがやられます。

特に、高いところのモノを上げ下げするのが実にしんどかったです。

築30年以上の家なので、天袋という「伏魔殿」的な収納が二か所あるのですが、そこに「これでもか!」と突っ込まれた「そば打ち道具」や「超合金のおもちゃ」「釣り竿」など、思い出しただけで気が遠くなるようなものが、じゃんじゃん詰め込まれておりました。

そして、その「疲労」ですが、足腰や腕は「使った」感があるのですが、一番肉体的に来たのは「指」です。

指がバキバキになり、断捨離中は、回復を待つことができないので、だんだんと痛みに慣れて行った気がします。

指の節が一回り太くなったような…。

そして、捨てる捨てないの判断も、過酷でした…。
昔ほど頭の回転が良くないのか、目の前の「モノ」を見て、固まることしばしば。

母という心強い助っ人がいたので、なんとか心が折れずに、やり遂げることができました。

しかし、また同じことを50代でやってくださいと言われたら、ちょっと厳しいです。

60代で「1人でやれ」と言われたら、多分逃走します。

もとい、今回の断捨離で、高いところのモノは、歳をとったら「凶器」になることを知ったので、「天袋」には軽いもの(本当は入れたくなかったのですが)だけを入れ、本棚の上の段や、タンスの上には何も置かないなど、老後を視野に収納を見直しました。

その際に、何度も自分に言い聞かせていたのは「今ここで断念したら、歳をとった自分に、しわ寄せがいくだけだ」という思いです。

独女であるゆえ(兄弟はいるものの、ハイ子以外は皆「男」で、あてになりません)未来の自分のためにも、頑張ろうと思いました。

今やらなくても、結局やるのは「今日よりも、老いた自分」なのです。

其の2:名残惜しく捨てられるのも、今のうち

自分にとっては「特別な思いのある品物」でも、他人からしてみたら「ガラクタ」に過ぎないものってありますよね。

使わないけど、大事なものだから取っておこうという「モノ」は、結局いつかは捨てなければならない日がきます。

独居老人になって、孤独死した場合、遺品整理業者が入ったとしても、例えば「金品・写真」なんかは、遺族(いれば)に確認するのかもしれませんが、それ以外のモノって、大体「ポイッ」と捨てられてしまうのではないでしょうか?

となると、むしろ「後ろめたい」「忍びない」という感情をかみしめながら捨てるのは、生きていてこそだからだと思いませんか?

その「モノ」に対し、しっかりと「モノ」以上の思いを掛けられるうちに、責任をもって捨てるというのも、ひとつのケジメだと思うのです。

生きていてこそと書きましたが、死ぬまで元気とは限りません。

認知症になる可能性もあるのです。

そうなったときには、すでに自分でも「モノ」への愛着は薄れ、自分にとっても、ただのガラクタになっているかもしれません。

「もったいないな」とか「まだ、処分には早いかもしれないけど…」と思っていられるうちに、大いなる戸惑いと、哀愁を感じながら、整理することこそ、妙齢独女の断捨離の醍醐味だと思うのです。

手放すことに戸惑いを感じたら、むしろそれを感じられる、その刹那を楽しんでしまいましょう。

其の3:一番大事(けど使わない)ものから、捨ててしまおう

やはり、断捨離をしていると、手が止まる瞬間があります。

そうすると…これはキープ、これもキープ、もちろんこれだってキープ。

だんだん判断が追い付かなくなり、気が付けば断捨離ではなく、圧倒的に「残すもの」が増えてしまう局面にぶち当たります。

そんな時、どうすればいいか?

敢えて、その「キープ」の中で、一番大事(けど、使わない)なモノを、「捨て」に分類するのです。

すると、自分の中で「あの一番大事だったものを捨てたんだから、この二軍はなおさら要らないよな」という感覚が生まれます。

断捨離の冒頭で、その判断を下すと、途中の迷いがなくなるのです。

最も効果的なのは、手が止まった瞬間に、「キープの中から、一軍のなかでも一軍」を捨て、その日はとりあえず寝ます。

翌日、作業を再開した時に、不思議と「昨日、アレを捨てちゃったんだから、もうこの二軍は全部要らないな」とクールな判断ができるのです。

ちなみに、ハイ子の場合は手紙がそうでした。

年賀状は過去10年、手紙は学生の頃からのものが、たんまりと残っていました。

もはや「誰?」という、差出人が思い出せない手紙まで残っていました。

そんな手紙の山の中から、割と大事なモノを「えいや!」と破って捨ててみたら、あら不思議。

残りは、もうなんの躊躇もなく、どんどん捨てることができました。

それでも、万が一「捨てられないモノ」に出くわしたら、最終手段です。

「一緒に、棺桶に入れてもらいたいか、否か?」です。

大抵のものはこのジャッジで「NO」になるわけです。

それでも「YES」と思えるなら、自信をもって大事にしまってください。

もちろん、思い出は大事です。

手紙であれば、その断捨離のタイミングで読み返し、思い出を新たにインプット、すべて記憶にとどめ(たつもりになって)、廃棄しましょう。



ということで、割と断捨離の冒頭で、大事(けど、使わない)なモノを捨てると、その先の作業で判断に困ったときの、頼もしい判断基準になるので、ぜひやってみてください。

そして、奥の手は「一緒に棺桶ジャッジ」です。

でも、本当に使うものを捨てちゃだめですけどね。

手紙、写真の部類は、効果てきめんだと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

独居老人、認知症、孤独死…など、独女の老後にどうしてもついて回るワードだと思うのですが、要はそれらをいかにリアルに想像して、断捨離するかだと思うのです。

どうですか?

ぜんぜん「ときめかない」ですよね。

しかし、これが現実。

ちなみに、そう思って断捨離しましたが、やっぱりたんすの上にモノがないというのは、清々しいし、地震の時も安心です。


これから実家の片付けなど、やらなきゃならなくなりそうだ…という方は、ぜひ参考になさってみてください。

おしまい

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