47歳の独女が、迷走の日々を綴っています。

アラフィフおばさんが考えた~「妙齢独女に送る・心がときめかない片付けの法則」

もの・サービス

どうもハイ子です。

40代後半の独女で実家暮らし。

実家であるが故にたくさんの「物」に囲まれた生活。

嫁いだことも無ければ、嫁ぐ予定もないので、40代前半で盛大に断捨離を敢行しました。

そのときに意識した「妙齢女子なりの片付けの法則」を今回ご紹介したいとおもいます。

前置き

実家暮らしのハイ子。

断捨離の範囲は自分の部屋だけ…なんて、生易しいものではありません。

家じゅうまるごとの断捨離です。

大家族だったこともあり、間取りが5LDKと無駄に広い我が家。

全ての部屋にある「押し入れ」「たんす」「引き出し」「戸棚」の中身を、白日の元に晒し、要不要に分け、不用品はメルカリで売ったり廃棄したり、要るものは然るべきところにしまい直しました。

そこで私なりに意識したことがあります。

テクニック的なことではなく信条的なものです。

名付けて「心がときめかない、片づけの法則3箇条」です。

今回はそれを披露します。

これから断捨離をしようと考えている方、もしくは断捨離に挫折してしまった方、いままさに断捨離中で心が折れそうになっている方。

そんな方々のお役に立てれば幸いです。

法則其の1:今日よりも老いた自分に、しわ寄せがいく

これは「今日という日が人生で一番若い」と同じことを言っています。(パクリ)

断捨離をして、つくづく感じたのが「疲労が長引く」ということです。

昔だったら、なんてことはない作業も、とりあえずフィジカルがやられます。

特に高いところにある物を上げ下げするのが実にしんどい。

築30年以上の家なので、天袋という「伏魔殿」的な収納が二か所あるのですが、そこに「これでもか!」と突っ込まれた「そば打ち道具」や「超合金のおもちゃ」「釣り竿」など、思い出しただけで気が遠くなるようなものがどっさりありました。

それらを上げ下げした後の「疲労」ですが、足腰や腕はそれなりに酷使した感があるのですが、一番キたのは「指」です。

指がバッキバキになり、断捨離中は回復を待つことができないので、だんだんと痛みに慣れて行った気がします。

結果として指の節が一回り太くなったような…。

そして捨てる捨てないの判断も過酷を極めました。

昔ほど頭の回転が良くないのか、目の前の「物」を見て、固まることしばしば。

母という心強い助っ人がいたので、なんとか心が折れずにやり遂げることができました。

しかしまた同じことを50代でやってくださいと言われたら、ちょっと厳しいです。

60代で「1人でやれ」と言われたら、現実逃避します。



もとい、今回の断捨離で高いところの「物」は歳をとったら「凶器」になることを知ったので、「天袋」には軽いもの(本当は一切置きたくなかったのですが)だけを入れ、本棚の上の段やタンスの上には何も置かないなど、老後を視野に収納を見直しました。

その際に、何度も自分に言い聞かせていたのは「今ここで断念したら、歳をとった自分にしわ寄せがいくだけだ」という思いです。

独女であるゆえ(兄弟はいるものの、ハイ子以外は皆「男」であてになりません)未来の自分のためにも、頑張ろうと思いました。

今やらなくても、結局やるのは「今日よりも、老いた自分」なのです。

法則其の2:名残惜しく捨てられるのも、今のうち

自分にとっては「特別な思いのある品物」でも、他人からしてみたら「ガラクタ」に過ぎないものってありますよね。

使わないけど、大事なものだから取っておこうという「物」は、結局いつかは捨てなければならない日がきます。

独居老人になって、孤独死した場合、遺品整理業者が入ったとしても、例えば「金品・写真」なんかは、遺族(いれば)に確認するのかもしれませんが、それ以外の物って、大体「ポイッ」と捨てられてしまうのではないでしょうか?

となると、むしろ「後ろめたい」「忍びない」という感情をかみしめながら捨てるのは、持ち主が生きていてこそだからだと思いませんか?

その「物」に対し、しっかりと「物」以上の思いを掛けられるうちに、責任をもって捨てるというのも、ひとつのケジメだと思うのです。

生きていてこそと書きましたが、死ぬまで元気とは限りません。

認知症になる可能性もあるのです。

そうなったときにはすでに「物」への愛着は薄れ、自分にとってもただのガラクタになっているかもしれません。

「もったいないな」とか「まだ、処分には早いかもしれないけど…」と思っていられるうちに、大いなる戸惑いと哀愁を感じながら、整理し捨てることこそ、妙齢独女の断捨離の醍醐味だと思うのです。

手放すことに戸惑いを感じたら、むしろそれを感じられる、その刹那を楽しんでしまいましょう。

其の3:一番大事(けど使わない)なものから、捨ててしまおう

やはり断捨離をしていると、手が止まる瞬間があります。

そうすると…これはキープ、これもキープ、もちろんこれだってキープ。

だんだん判断が追い付かなくなり、気が付けば断捨離ではなく、圧倒的に「残すもの」が増えてしまう局面にぶち当たります。

そんな時、どうすればいいか?

敢えてその「キープ」の中で、一番大事(けど、使わない)な物を、「捨て」に分類するのです。

すると自分の中で「あの一番大事だったものを捨てたんだから、この二軍はなおさら要らないよな」という感覚が生まれます。

断捨離の冒頭で、その判断を下すと、途中の迷いがなくなるのです。

最も効果的なのは、手が止まった瞬間に「キープの中から、一軍のなかでも一軍」を捨て、その日はとりあえず寝ます。

翌日、作業を再開した時に、不思議と「昨日、アレを捨てちゃったんだから、もうこの二軍は全部要らないな」とクールな判断ができるのです。

ちなみに、ハイ子の場合は手紙がそれでした。

年賀状は過去10年、手紙は学生の頃からのものがたんまりと残っていました。

もはや「誰?」という、差出人が思い出せない手紙まで残っていました。

そんな手紙の山の中から、割と大事なものを「えいや!」と破って捨ててみたら、あら不思議。

残りはもうなんの躊躇もなく、どんどん捨てることができました。

それでも、万が一「捨てられない物」に出くわしたら、最終手段です。

「一緒に棺桶に入れてもらいたいか、否か」を自分に問うのです。



大抵のものはこのジャッジで「NO」になるわけです。

それでも「YES」と思えるなら、自信をもって大事にしまってください。

もちろん、思い出は大事です。

手紙であれば、その断捨離のタイミングで読み返し、思い出を新たにインプット、すべて記憶にとどめ(たつもりになって)、廃棄しましょう。


ということで、割と断捨離の冒頭で、大事(けど、使わない)なモノを捨てると、その先の作業で判断に困ったときの、頼もしい判断基準になるので、ぜひやってみてください。

そして、奥の手は「一緒に棺桶ジャッジ」です。

手紙や写真の部類は効果てきめんだと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

独居老人、認知症、孤独死…など、独女の老後にどうしてもついて回るワードだと思うのですが、要はそれらをいかにリアルに想像して、断捨離するかだと思うのです。

どうですか?

ぜんぜん「ときめかない」ですよね。

しかし、これが現実

ちなみに、ときめかない心理状態で断捨離しましたが、やっぱりたんすの上にモノがないというのは、清々しいし、地震の時も安心です。

心のつっかえがなくなり、普段の安心を手に入れたと思えば、やって良かったと心底思います。

これから実家の片付けなど、やらなきゃならなくなりそうだ…という方は、ぜひ参考になさってみてください。

おしまい

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