46歳の独女が、迷走の日々を綴っています。

ザ・ノンフィクション 夜の街に別れを告げて~人生を変えたい彼女たちは…~アラフィフ実家暮らしが見た感想

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こんにちは、今日の東京はジメジメとして雨が降るのかな~降らないかな~という空模様です。

さて、そんななか週末は安定の予定ナシ子(コロナ前から)のハイコは3週間ぶりのザ・ノンフィクションを視聴しました。先週先々週とこちらの番組はお休みだったみたいで、これをみないと日曜日!って気がしないので今日は楽しみにしてしていました。
今週の内容はこちら↓↓↓

ザ・ノンフィクション 夜の街に別れを告げて~人生を変えたい彼女たちは… ⇒クリックするとフジテレビの公式HPに飛びます。


今週の内容はコロナ禍で夜の街での仕事が激減した女性がとある研修施設「ヤンキーインターン」(あ、この男性バージョン、この番組で私は過去見たことがあるかもしれないです。)に入り、研修を経て卒業していくまでの半年間を追います。
施設での衣食住はすべて無料で、半年という厳しい研修期間を寮で過ごし、最終的には就職を目指すという内容です。
施設に入ってくる人の事情はそれぞれ、内面の闇を解消したいとかコンプレックスを解消したい等、仕事につきたいというだけではなさそうです。

その中でも取り上げられていたのがまりかさん(21歳)と瑠花さん(24歳)でした。二人とも夜の仕事出身です。
まりかさんはバーのスタッフでコンパニオンの経験もあり、積極的にコミュニケーションをとれるキャラクターです。
そして一方の瑠花さんはキャバクラで働き、大船のお店ではナンバー1になった過去もあるものの、自分に自信がもてないキャラクター。

施設に入って3日目から電話研修の実践がはじまりました。
ここでもまりかさんが早々にテストに合格し実践でクライアントに電話を掛けはじめるのですが、璃花さんはなかなかテストに合格できず、遅れをとります。
しかしそれでも地道に別の研修生の会話をメモしたり、データをとったりすることで少しづつ努力が実を結び、最終的に璃花さんは社外への出向要員に抜擢されるのです。

一方、その頃まりかさんは、「大学に行き、ITの仕事につく」という夢を見つけていました。
3か月でまりかさんは施設をリタイアし通信制の大学への進学を選んだのです。

璃花さんはその相談を一切まりかさんから受けることもなく、また自身の夢も見つけられずにいました。

「まりかさんが、知らないうちに自分のやりたいことを決めていた。かたや自分は何がやりたいのか、本当に分からない」と思い悩みます。

自分を変えたくて、さよならしようとした夜の街。

けれど…結局何も見えなくなり、最後に頼ったのは璃花さんのお母さんでした。

璃花さんのお母さんは二度の離婚を経験しつつも、女手一つで3人の子どもを育て上げました。
家事の代行の仕事で起業し、インストラクターとして講師もする傍ら空き時間があれば飲食店でバイトもするというバイタリティのある母。璃花さんは尊敬しています。

何をしたいかわからない、自分はバリバリ働くタイプではないとぼやきにも似た相談を母に投げかける璃花さん。

それに対してお母さんは「どんな仕事でもバリバリ働ける、続けていくうちに面白くなっていく。」とアドバイスします。

その後、璃花さんはリタイヤすることもなく、希望の企業(お出かけサイトを運営するITベンチャー)への就職面談に臨みます。
面談では自分の履歴を包み隠さず話し、ホステスを3年間務めた際にお客様を記憶し、好みや会話などを覚えることでナンバー1になったということを伝えました。
まさに努力で勝ち取ったナンバー1と言ってもいいでしょう。

その後6か月のインターン生活を終え、無事卒業を迎えます。
7人いたインターン生は3人になっていました。

その後、璃花さんは、就職面談を受けていた企業の最終面接に臨み、結果は無事合格。
2021年8月現在もそのベンチャー企業で働いています。

*****おしまい*****


おお!なんだか、思ったような展開じゃなかったです。(失礼)

めでたしめでたし、ですね。

20代前半という年齢でコロナ禍にいるということは、アラフィフハイコにはちょっと想像もつかないです。
若さで乗り切れる、何とかなるというのもちょっと違いますよね。
コロナは気合で乗り切れるものではないし。

いちばん思い悩む年齢じゃないでしょうか。

というハイコの場合は、コロナは無かったけど、超がつく氷河期だったので、それはそれは混とんとしていた気がします。

でも、もう忘れてしまいました。不思議なものですね…。

どうでもいいですが、ハイコは20歳から21歳にかけて中国北京に留学しており、共同生活というストレスからなのか大幅増量しておりまして、帰ってきたら9号だったスーツが13号しか入らなくなっており、そんな状態で就活をしていました。
そんな薄っぺらい記憶しかないです…。

結局希望の業界には入れたのですが、それが運の尽きだったのかもしれません。

業界的にはコロナアタックをノーガードで顔面に受けてるような状況ですから…。

しかし、璃花さんのお母様のアドバイスしみますね。

年齢的にはお母様のほうが世代が一緒なので、きっとお母様は自分の好きなことを選んでいる余裕もなく、子育てに専念し、気が付けばそれが天職だったという感じなのかもしれません。

ハイコ感情の在りかは、璃花さんとお母様の中間ぐらいでしょうか。

ちなみにハイコがなぜ就職活動の際に、今の業界を目指したかというと、留学中に中国人の友人から「なぜ留学したの?」ときかれて、なんとなく中国に来てみたかった、という薄っぺらい答えを言うのもはばかられ(正直その程度のノリです)、この国を紹介するようなお仕事をしたいです!とふれ回った結果、「あ、それも有りだな」と思い、結局そこで将来の志望を決めました。

そして今に至るというわけです。

気が付けば勤続年数23年目に突入、同期入社は10人以上いましたが、もちろんハイコしか残っていません。
自分の話をしだすときりがないけれど、いろんな障害にぶち当たったりする中で、結局は環境を変えるよりも、自分の心づもりを変えて今に至る気がします。
璃花さんも、自信の努力と縁あって入った会社ですが、今後もきっと思い悩むことはあると思います。
そこは環境を変えるのか、自分の見方を変えるのか、そんなの死んでみないとどっちが良かったかなんてわからないし、多分死ぬときなんて「ああ、あのときああしておけば…」と思い出す事なんてきっと限られています。
これからも悩みは絶えないのかもしれませんが、やっぱりその時に悩んだことはその年齢だからこそ感じる苦悩であって、どうやら人はどんどん鈍感になっていくようです。
ハイコはそうでした。
大変だなって思いながらも、でも仕方ないですね。

それを若さゆえ、と切り捨ててしまったらなんだか達観しているというか上から目線な気もするけれど、リアルに「大変そうだな、でも今の私はそんなに悩まないかも」って思います。

これが加齢というのでしょうか。

そしてこの先には介護とか、病気とか、もう逃げも隠れもできない問題がやってくるのでしょう。

もしかしたらこの先の数年がハイコに残されたモラトリアムかもしれません。

だからってコロナだし、大きな勝負には出られないし、出たくもないので、日々地道に積み重ねて生きようと、独身実家暮らしアラフィフは思いました。

おしまい。



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